まだ見ぬ色鮮やかな「江戸」の風景「発見された日本の風景 美しかりし明治への旅」三木学評

まだ見ぬ色鮮やかな「江戸」の風景

会期:2021年9月7日(火)~10月31日(日)
会場:京都国立近代美術館

巡回
府中市美術館 2022年5月21日(土)〜7月10日(日)
愛媛県美術館 2022年12月1日(木)〜2023年1月29日(日)
長野県立美術館 2023年2月11日(土)〜4月9日(日)

昨年見た展覧会の中で、目を見開かされた一つに京都国立近代美術館で開催された「発見された日本の風景 美しかりし明治への旅」展がある。「発見された日本の風景」と題されているように、多くの人々によって初めて見る日本の風景であろう。

この展覧会に出品されている作品は、明治期に描かれた西洋人もしくは、日本人が西洋人から学んだ技法で描いた油彩画、あるいは水彩画であり、一人のコレクターがイギリスをはじめ、海外で発見して収集したものだという。展覧会に出品された約70人の画家による約240点の作品はほとんどが日本で初めて公開されたものだ。このコレクターが誰なのか?本展では明らかにされていない。しかし、極めて体系的に集められており、よほど造詣の深い人物であることは間違いない。そして、この「発見」は日本の美術史の印象を大きく変える可能性がある。

明治以降、産業革命後の技術が大幅に輸入され、鉄道、電線などのインフラ、建築など中心に大きく日本の風景を変えていった。明治以前の日本の風景がどのようなものだったか。私たちは想像の中でしか知らない。たしかに、絵画や浮世絵などでは、名所などの風景が描かれてはいるが、大きくデフォルメされているので、人間の見る像とはかなり違う。鎖国時代でも、オランダ、長崎を経由して遠近法や眼鏡絵などの光学機器が入ってきているので、光学的な写実的描写は日本でも実践されている。司馬江漢はその最たる例だし、葛飾北斎も西洋画も描いている。とはいえ、その技術のレベルは高いは言えず、数も多くはない。

明治期には、カメラが輸入され、日本各地の風景が撮影されているので、光の痕跡を物理的に定着した写真が残っている。しかし、そのイメージから当時のリアルな風景を想像するにはまだ距離がある。カラー化する写真が日本で流通するのは、第二次世界大戦後のことなので、すっかり風景が工業技術によって変質した後ということになる。近年、AI(人工知能)などの進化によって、自動着色することができるようになっているが、それだけでは色彩のある現実の風景のイメージを埋めるのは難しい。私たちは、現実に見た風景の印象と、それを記録した写真や映像がどのように違うのか経験的に知っている。デジタルカメラには特有の色合いがあり、フィルカメラもそうである。フィルムと印画紙を使った現像によって、どのように現実の風景の印象と変わるのか、使用していた世代なら想像することができる。AIの場合は、大量に学習されたデータから計算された結果を出しているため、そのような着色された写真の色合いや癖が判断できないのだ。

その中で、今回出品されている明治期の日本の風景画は、水彩画が多く、描かれた風景から現実の風景を想像することが十分できる。また、西洋人画家も、その技法を習得した日本人画家も、洗練された遠近法で描いている。

この画家たちは誰なのか?まず、『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』の特派記者兼挿絵画家として幕末に来日したチャールズ・ワーグマンである。横浜に居住し、五姓田義松や高橋由一に洋画を教えている。ここから明治の洋画史がはじまる。チャールズ・ワーグマンが芸術的な画家ではなく、報道画家であったことも重要であろう。ただ、ここまでは、私的な技術継承に過ぎない。五姓田義松は、新設された工部大美術学校で、バルビゾン派のイタリアの風景画家、フォンタネージに師事し、1880年には渡仏して、日本人初のサロン・ド・パリ入選作家となっており、日本人の近代洋画家の正史に位置付けられるかもしれない。しかし、フォンタネージはが2年で帰国後、閉校となる。新たに、アーネスト・フェノロサ、岡倉天心らが東京美術学校を設立、諸流派に分かれていた日本の絵画を「日本画」として近代化していく。しかし、洋画は学科として置かれず、フォンタネージに師事した画家たちは、明治洋画会を自分たちで結成し、傍流として活動せざるを得なかった。

日本近代洋画の流れは、黒田清輝の登場を待つことになる。黒田は、印象派を取り入れた折衷主義者と言われる、アカデミズム(官学派)の画家、ラファエル・コランに師事して、新派・外光派として新たな系譜をつくっていくことになる。黒田は、明治美術会に入会していたが脱退して、白馬会を結成。黒田を中心に、東京美術学校に西洋画科が設置される。明治洋画会は「旧派」と呼ばれ、復権することなく傍流のままとなった。同時に、印象派の技法が流入することで、写実的な風景は描かれなくなっていく。

本展に出品されている作品は、チャールズ・ワーグマンから始まり、黒田登場以前に、膨大な西洋人画家と日本人画家が、日本各地の風景を描いていたことを広く証明するものだ。ジャポニスムの関心の高まりに応じて、報道画家だけではなく、多くのイギリス人風景画家が訪れている。アルフレッド・イースト、水彩画家のウォルター・ティンデル、ジョン・ヴァーレー・ジュニア、植物画家のアルフレッド・パーソンズなどである。洋画家の三宅克己は、ジョン・ヴァーレー・ジュニアの水彩画を見て、洋画家を志している。

特に日本の湿度の高い霞がかった風景がよく描かれており、写真には写らない雰囲気が再現されていることも特徴だろう。イギリス人が多いのも、他のヨーロッパ諸国と比べて比較的日本の風土と似ているため、親和性があったのかもしれない。これらの水彩画は、油彩=洋画、顔彩=日本画と分離してしまったその後の日本の絵画に、別の道がありえたことを示唆している。水墨との融合という可能性もあっただろう。

本展では、その他にも、多くのイギリス人画家を中心とした水彩画、油彩画が出品されている。これらは、日本の風景を知らせるため、写実的に描かれ、海外で大きく評価された。日本においても展示された作品もあるが、多くは初めて見られるものだろう。日本人画家たちも、彼らが描く絵に惹かれ、オリエンタリズムの内面化ともいえるが、素朴な風景、旅館や庭園、農村に咲く花々、町や村で働く人々、子守りをする子供たちを描いた。

外国人画家が残した日本の記述も印象的である。

「日本では1年中花が咲いており、この国はまことに花の楽園である。藤であれ、菊、つつじであれ、何かの花が満開を迎えると、それは祝日の合図で、仕事も些細なことにもとりあわず、日本全部が公園や郊外に向かって日差しの中、花の下をピクニックへと流れていく。~中略~人生の何についても十分の余裕があるという魅力的な法則になれた。~中略~晴れた青空の下で花盛りのピンクの山を見ていると、仕事や悩みについて考えるのはおかしなことに思えていくるのだった」(モーティマー・メンペス『日本紀行』)[i]

「私は日本で子供が泣いているのを見たことがない。また、叩かれているのを見たことがない。~日本の子供たちが群れている様子は地球上でもっとも可愛い。そして彼ら自身が芸術作品であり、その美は想像もつかないほどだ」(モーティマー・メンペス 第9章「子供たち」『日本紀行』)[ii]

「日本ほど人々が自然と調和し、花や木々のある背景と調和して交わりあう国があるだろうか。日本以外のどこでこのように偉大な町の人々全員が心から自然を楽しむといった光景がみられるだろうか」(フロレンス&エラ・デュケーン『日本の花と庭園』)[iii]

これらの表現が、コミュニティの外側からみた幻想がたぶんに入っているにせよ、真実をとらえているところもあるだろう。

海外の画家たちは急速に近代化し、日本の美しさが失われていた風景を危惧していたともいう。自分たちが進出することで失われていく美を描くというのも矛盾だと思うが、急いで日本各地を回り、水彩画で明治というよりも、失われていく江戸時代の風景を写し取り、母国に持ち帰ったというわけである。その証拠に、ここでは日光や箱根、富士山などの名所や民家、日本の風俗は描かれているが、文明化していく横浜や銀座などは描かれていない。その失われた風景は、日本人にとってもミッシングリンクとなっている。近代化以前の日本の風景はどうなっていたのか。ここで描かれた技法はどのように継承されたのか。

当時の外国人画家たちの懸念通りに、急速に失われそれらの風景を経験できる空間は今の日本にはほとんどない。260年もあった江戸時代は一瞬にして失われた幻の時代なのだ。我々は、本展からその痕跡を、西洋人と同じような視点で眺めることになっている。そして、そこで失ったのは我々自体の眼(認識の仕方)であることにも気づかされる。

五姓田義松の水彩画5点がパリのサロンに出品されたとき、批評家のユイスマンは、「…ああ、それにしても、フランスにやってきて、本当に持ち合わせてしたかもしれない才能を失い、かといって持ち合わせてなかったはずの才能をうまく装うこともできないとは、なんとう不幸な人だろう」と述べたという[iv]。彼らが、日本人に期待したのは、西洋人の見方や物真似ではなかった。日本人の見方、技法で江戸時代ではない現代の風景をアクチュアルに切り取ることであったに違いない。

後年、それを実現したのは、三宅克己に影響を受け水彩画を描くようになり、フォンタネージに師事をした小山正太郎に学び、明治美術会を引き継いで太平洋画会を結成した吉田博かもしれない。吉田博は、世界各地で風景画を描き、展覧会を開催する。新版画の制作も行い、後に自身が版元となって多数の木版画を出版し、海外で大きな評価を受ける。ダイアナ妃や精神科医フロイトにも愛されたことで知られている。吉田は、若い頃に得た西洋的な水彩画の描写法と、浮世絵の技法をうまく統合したといってよいだろう。

本展では、チャールズ・ワーグマンから始まった日本の近代洋画の歴史が何だったのか、明治以降、失われた日本の風景と、風景の見方、江戸時代から今日まで継承されているものが何なのか改めて見直すことになるだろう。

[i] 『発見された日本の風景 美しかりし明治への旅』毎日新聞社、2021年、p.7

[ii] 同前書、p.9

[iii] 同前書、p.7

[iv] 辻惟雄『日本美術の歴史』東京大学出版会、2005年、p.348

評者: (MIKI Manabu)

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行なっている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹─色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
美術評論家連盟会員、日本色彩学会会員。

Manabu Miki is a writer, editor, researcher, and software planner. Through his unique research into image and colour, he has worked in writing and editing within and across genres such as contemporary art, architecture, photography and music, while creating exhibitions and developing software.
His co-edited books include ”Dai-Osaka Modern Architecture ”(2007, Seigensha), ”Colorscape de France”(2014, Seigensha), ”Modern Architecture in Osaka 1945-1973” (2019, Seigensha) and ”Reimaging Curation” (2020, Showado). His recent exhibitions and curatorial projects include “A Rainbow of Artists: The Aichi Triennale Colorscape”, Aichi Triennale 2016 (Aichi Prefectural Museum of Art, 2016) and “New Phantasmagoria” (Kyoto Art Center, 2017). His software projects include ”Feelimage Analyzer ”(VIVA Computer Inc., Microsoft Innovation Award 2008, IPA Software Product of the Year 2009), ”PhotoMusic ”(Cloud10 Corporation), and ”mupic” (DIVA Co., Ltd.).
http://geishikiken.info/

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