知られざる現代京都の実力派水墨画家⑦「藤井湧泉の《雲龍嘯虎襖絵》――神戸・大蔵院に鳴り響く新時代の龍虎図」秋丸知貴評

知られざる現代京都の実力派水墨画家⑦

藤井湧泉の《雲龍嘯虎襖絵》――神戸・大蔵院に鳴り響く新時代の龍虎図

 

図1 藤井湧泉《雲龍襖絵》2020年 大蔵院蔵

 

今夏、中国江蘇省啓東市出身の藤井湧泉が、大蔵院(兵庫県明石市)に新作《雲龍嘯虎襖絵》を描いた。前回の「虎」に続き、今回は「龍」と合わせて紹介しよう。

龍は、中国発祥の想像上の動物である。水を司る神獣であり、一説には暴風雨や大洪水への畏怖から生まれたとされる。人里離れた深い池や海に棲息し、雷雲や降雨を自由に操り、竜巻となって天空を自在に飛翔すると言われる。手には、何でも願いを叶える超常の宝珠を持つとされる。

龍は、西洋のドラゴンと同一視される。しかし、基本的にドラゴンが魔獣であるのに対し、龍は聖獣であるという違いがある。これは、同じ大自然の猛威のシンボルでも、西洋ではそれを人間が打倒し征服しようとするのに対し、東洋ではそれを崇敬し協調しようとする自然観の差異を表していよう。

中国では、龍の図様は宋代に皇帝の独占化が進み、次第に「二角五爪」が正式な龍の特徴と定められる。以後、この五本指の龍を臣下が用いると罰せられるので、指の数を減らして龍の眷属とし、王侯貴族は四本指、庶民は三本指のものを使用するのが一般的となる。

龍が天を統べる霊獣であるのに対し、地を支配する霊獣は虎である。また四神として、青龍は東を、白虎は西を守護するとされる。禅語に言う「龍吟雲起・虎嘯風生」は、「龍が唸れば雷雲が湧き立ち、虎が吠えれば暴風が吹き荒れる」という意味である。古来、その両者の対峙する姿を描く「龍虎図」は、天地東西を治める最強同士が益々勢力を強めて陰陽相対する縁起の良い吉祥図案として尊ばれてきた。

室町時代以後、中国から禅宗の受容が盛んになるにつれて、日本ではそうした龍虎図が禅宗寺院に積極的に描かれるようになる。実物を見ることのできない龍と虎を描き出すために、日本の画家達は共に南宋の画家である陳容の龍図や牧谿の虎図等を参考にした。特に、陳容は中国でも龍図の名手と謳われ、画面の隅々まで濃淡に富んだ水墨表現を行い、龍が巻き起こす暗雲や波濤のダイナミズムの中でその確かな実在感を表現するところに特徴がある。

それらの中国伝来の龍図・虎図は、小品で数も少なく正確な容姿を伝えるにはやや難があった。そのため、日本では龍は妖怪の一種と見なされ怪異を示す三本指が主流化し、虎の雌は豹であるという誤解も生じた。しかし、逆にイマジネーションを大いに刺激し、日本の禅寺の襖絵等に巨大な龍虎図の名作を数多く生み出すことにもなった。画面に余白を大きく取り、次第に描かれる対象が簡素になると共に、龍虎共に可愛らしくなっていくのが、日本の龍虎図の基本傾向である。

日本の古都京都で4半世紀以上暮らす湧泉は、これまでそうした禅宗寺院に収められた龍や虎が、複数の襖の大画面に余白を生かしつつ巨大かつ軽妙に描かれた構図を深く研究してきた。その一方で、龍図の本場の中国出身である湧泉は、余白を生かしながらも粗略ではない、陳容のような緻密で濃厚な描写も目指した。

湧泉の描く《雲龍襖絵》(図1)は、五爪を持つ真正の龍がまるで今ブラックホールから出現したかのような異様な迫力を有している。画面全体を覆う濃密で湿潤な暗雲は、龍の呻吟に呼応して不気味にうねる奇妙な荒波と共に、大自然の底知れぬ威力を暗示している。私達はどうしてもそこに、昨今の大地震、大津波、超大型台風、ゲリラ豪雨、新型コロナウイルス等の自然災害の影を感じざるをえない。それでいて、禍々しくも品位を失わないその龍の霊妙な威容は、自然をコントロールできると過信する人間の自惚れを優しくたしなめているようである。

 

図2 藤井湧泉《嘯虎襖絵》2020年 大蔵院蔵

 

一方、《嘯虎襖絵》(図2)では、虎が拍子抜けするほど呑気に欠伸をしている。あまりに呑気すぎて、一見しただけでは虎ではなく猫に見間違えるほどである。しかし子細に眺めると、その柔らかく滑らかな毛並みは一本一本尋常でないほど精妙に描出され、紛れもなくこの虎が神聖な霊獣であることを具示している。その微笑ましい愛嬌ある表情は、鑑賞者に争ったり肩肘張ったりせずに平和が一番と和やかに語りかけているようである。また、傍にある虎の安住の地とされる竹林も、まだ弱々しい幼竹に過ぎないが、穏やかな陽だまりの中で原初の生命の持つ瑞々しさと神秘的な美しさを湛えている。

ここで興味深いことは、やはり龍の険吞さに対して、あまりにも虎が安穏としていることである。この意表を突くコントラストは、中国でも日本でも龍虎図として破格の表現である。さらにその対照効果は、龍が切り拓く暗闇の先が虎を囲む陽光に繋がり、黒と白、陰と陽、湿と乾、動と静の対比が加わることでより強調されている。

しかし、ここで湧泉の龍虎図は不調和なのではなく見事に調和している。なぜなら、龍の険吞な威圧感に対し、呑気に寛げるだけの心の余裕を虎は示しているからである。換言すれば、ここでは、外的な強さと内的な勁さが見事に均衡しているといってよい。

もし相互に力を誇示しぶつかり合っているだけでは、いつまでも争いは解消しない。長い目で見れば、時にどちらかが引いたり受け入れたりすることも大切である。つまり、ここでは単なる均衡よりも一次元上の調和が達成されている。これこそ、湧水が日頃から志し実践している、古来の伝統を現代的感覚で再解釈した「新しい水墨画」である。

なお、大蔵院は、日本の標準時の基準となる東経135度子午線のすぐ傍にある。すなわち、湧泉の新時代の龍虎図は、正に日本の時空的中心で新たな陰陽相対を発揮しつつ、人心の賦活と安寧を深く強く祈念しているのである。

2021年から、湧泉の《雲龍嘯虎襖絵》は大蔵院で一般公開されている(詳細は大蔵院に要問合せ)。また、関連作品が大丸心斎橋店の「水墨画家 藤井湧泉の世界展」(2020年10月7日~10月13日)で展示されたことを報告しておこう。

 

※初出 秋丸知貴「藤井湧泉の《雲龍嘯虎襖絵》」『関西華文時報』第422期、2020年10月1日。(2021年8月28日改稿)

 

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評者: (AKIMARU Tomoki)

美術評論家・美学者・美術史家・キュレーター。1997年多摩美術大学美術学部芸術学科卒業、1998年インターメディウム研究所アートセオリー専攻修了、2001年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻美学文芸学専修修士課程修了、2009年京都芸術大学大学院芸術研究科美術史専攻博士課程単位取得満期退学、2012年京都芸術大学より博士学位(学術)授与。2013年に博士論文『ポール・セザンヌと蒸気鉄道――近代技術による視覚の変容』(晃洋書房)を出版し、2014年に同書で比較文明学会研究奨励賞(伊東俊太郎賞)受賞。2010年4月から2012年3月まで京都大学こころの未来研究センターで連携研究員として連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究代表を務める。主なキュレーションに、現代京都藝苑2015「悲とアニマ——モノ学・感覚価値研究会」展(会場:北野天満宮、会期:2015年3月7日〜2015年3月14日)、現代京都藝苑2015「素材と知覚——『もの派』の根源を求めて」展(第1会場:遊狐草舎、第2会場:Impact Hub Kyoto〔虚白院 内〕、会期:2015年3月7日〜2015年3月22日)、現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(第1会場:両足院〔建仁寺塔頭〕、第2会場:The Terminal KYOTO、会期:2021年11月19日~2021年11月28日)、「藤井湧泉——龍花春早 猫虎懶眠」展(第1会場:高台寺、第2会場:圓徳院、第3会場:掌美術館、会期:2022年3月3日~2022年5月6日)等。2020年4月から2023年3月まで上智大学グリーフケア研究所特別研究員。2023年に高木慶子・秋丸知貴『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ・2023年)出版。上智大学グリーフケア研究所、京都ノートルダム女子大学で、非常勤講師を務める。現在、鹿児島県霧島アートの森学芸員、滋賀医科大学非常勤講師、京都芸術大学非常勤講師。

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