知られざる現代京都の実力派水墨画家④
藤井湧泉の《妖女赤夜行進図》――京都・高台寺で咲き誇る新時代の百鬼夜行
「高台寺 百鬼夜行展」
会場:高台寺 方丈
期間:毎年7月15日~8月31日
藤井湧泉《妖女赤夜行進図》2019年
京都の名刹・高台寺では、毎年7月15日から8月31日にかけて「百鬼夜行展」が開催される。この期間中、中華人民共和国江蘇省啓東市の出身で、日本で25年以上活動を続けている水墨画家・藤井湧泉(中国名:黄稚)が奉納した襖絵「妖女赤夜行進図」が特別公開される。
高台寺は、正式名称を高台寿聖禅寺と称し、16世紀に国内を天下統一した戦国武将豊臣秀吉の菩提を弔うために、1606年に正室の北政所ねねにより創建された。当初は曹洞宗であったが、1624年にねねと縁の深かった建仁寺の末寺となり、臨済宗建仁寺派に改宗している。建仁寺は、中国宋で学んだ禅宗と喫茶を日本に広めた臨済宗の開祖栄西が1202年に創建した、京都で最初の禅宗寺院である。
高台寺には秀吉とねねを祀る霊屋があり、二人が好んだいわゆる「高台寺蒔絵」で荘厳されている。ねねが晩年まで高台寺に通った邸宅は、伏見城の化粧御殿を移築したものであり、現在高台寺の塔頭として圓徳院となっている。
高台寺は、古くから京都の三大埋葬地として有名な鳥辺野に隣接しており、死後の世界や怪異と縁の深い土地として知られている。そして、毎年7月中旬から8月末にかけて、鬼や妖怪などが群れをなして行進する様子を描いた百鬼夜行図や、来世を描いた地獄極楽図を展示し、信仰心の大切さや因果応報などの仏教の教えを分かりやすく伝える「百鬼夜行展」を開催している。
藤井湧泉《妖女赤夜行進図》2019年
2019年に、湧泉がこの「百鬼夜行展」に合わせて奉納した襖絵が《妖女赤夜行進図》である。高台寺の宗教行事の中心建築である方丈の内陣12面を飾り、合計13名の妖女を描いている。中国本土の画家としてこの方丈に襖絵を奉納したのは、湧泉が最初である。2010年に湧泉は圓徳院に襖絵《蓮独鯉》を描いており、その縁で今回の高台寺への襖絵奉納が実現した。
当初、湧泉は醜く恐ろしい「地獄図」を描く予定であった。しかし、途中で方向を大きく変更し、美しい女性達をテーマとする百鬼夜行図、つまり「妖女行進図」を描くことにした。その理由の一つは、元々高台寺が北政所ねねが創建した「女性の寺」だからであり、もう一つの理由は、ただ単に醜いものや恐ろしいものを描くのではなく、極限まで美しいものを描くことで怖さを表現しようとしたからだという。
藤井湧泉《妖女赤夜行進図》2019年
描かれた女性達は皆、敢えて国籍や時代が曖昧である。所々、中国風にも日本風にも、伝統的にも現代的にも見える。いずれも美人であるが、よく見ると着物の図柄には鬼や妖怪や地獄等も描かれており、美と恐怖は紙一重であることが暗示されている。
湧泉は、蘇州大学藝術学院を卒業後すぐに北京服装学院の講師に採用され、長らく創作活動や教育活動に取り組んだ経歴がある。また、来日後は京都で和装や洋装の意匠図案の制作にも本格的に携わっている。妖女達の斬新でありながら実際に着物の柄として用いることもできるように意図された図案を、当代の最新の創作図案として鑑賞できることも本展示の見所の一つである。
高台寺の「百鬼夜行展」は、高台寺の通常の拝観料で観覧可能であり、圓徳院の「蓮独鯉」も、圓徳院の通常の拝観料で観覧可能である。詳細は、高台寺公式ウェブサイトを参照。
※初出:秋丸知貴「怖くなるほどの美しさ――黄稚(藤井湧泉)の『妖女赤夜行進図』」『亞洲藝術』第395期、関西華文時報、2019年8月15日。